戦国時代

武田信玄の躑躅ヶ崎館跡から採取された放射菌が新薬開発の役に立った

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徳川家康は医者も顔負けの医学痛で、薬なども自分で調合し、時には部下にも自ら与えたと伝えられている。

この様に、自分の健康に気を使っていた戦国武将は少なくない。

 

武田信玄は薬の知識が豊富だった

有名所では、武田信玄もそうであり、信玄が支配していた山梨県や長野県には「信玄の隠し湯」と呼ばれる秘湯が多い。

もちろん、根も葉もない俗説や客を呼ぶためのデッチ上げも数多くあるかもしれないが、戦争で傷を追った兵士の療養のために、本当に信玄が作ったものも少なくないようだ。

近年、郷土史家の矢崎勝己氏が、信玄が漢方薬の処方箋とその効能を書いたと思われるものの書き写しを「武田家所蔵文書」の中から発見した。

矢崎氏によれば、武田軍は戦争に赴く際に、必ず朝鮮人参や甘草などを携帯していたという。

また、薬といえば1999年にとても面白い発見があった。

 

躑躅ヶ崎館跡から発見された放射菌

1997年に、甲府市教育委員会が信玄の躑躅ヶ崎館跡の発掘調査を行った。

躑躅ヶ崎館は、信玄の父・信虎の時代に建設され、息子・勝頼が新府城(山梨県韮崎市)を築くまで武田氏の本拠地であった館である。

この調査では、館跡の外堀底に堆積した土壌の採集が行われ、この土のサンプルを山梨大学工学部と山梨大学地域共同開発研究センターの合同チームが分析したところ、放射菌が検出されたというのだ。

 

放射菌からは、これまでにも結核の特効薬など、多くの抗生物質が作られており、武田信玄の館跡から検出された菌は、約800種ある放射菌のうち、菌全体に占める割合が0.01%以下の希少な菌だということである。

そんなことからこの館跡の放射菌から、抗生物質の新薬が開発されるのではないかと大いに期待が高まっている。

薬好きの信玄も、まさか自分の館から発見された菌で新薬が作られようとは、想像してもいなかっただろう。

 

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